月下星群 〜孤高の昴

      “ゴーイング・マイペース”
  



 どこの海だけという区別なく、日々の出来事を綴った新聞や海軍本部が刷った手配書などを、購読契約した船や主立った町へと配って回る特別な海鳥がいる。名前を、ニュース・クーといい、少し大きめのこれでも“カモメ”だそうな。この大きさの鳥が大海の真ん中まで飛んでくるのは非常に珍しく、翼を休めさせられる陸や中継地がない海域まで、しかも単独で進出するなぞ、本来だったら自殺行為に外ならず、むしろあり得ないこと。結構な重さの紙束を抱え、しかもお届け先をきっちり学習しての飛行がこなせるようにと訓練した人が偉いのか、それとも…もしかすると。実は彼らは悪魔の実の能力者で、航行術を叩き込まれたその上で、途轍もない飛距離を休むことなく飛び続けられるような鳥へと変身する力を得た身だとか? ………謎は深まるばかりでございますが。

  「………、おー。」

 こちらさんもまた、この広くて険しき航路を、よくもまあそんな小さな船でと驚かれるような帆掛け船で航行していた彼の手元へ、一羽のニュース・クーが新聞を落としてゆく。ご苦労さんと、指先にて高々と弾きあげたコインを、器用にもクチバシで受け止めたカモメさんは。懐ろの集金嚢へそれを収めると、挨拶代わりに一声鳴いて、広げた羽根を斜めに傾け。風を切ってするすると、何もない彼方へとその姿を吸い込まれていって、はや影も無く。テンガロンハットの陰から、
“働き者だねぇ。”
 との苦笑で見送った青年が、さてと両手で広げたその紙面には、外海での様々な事件やら催しの告知などがぎゅうぎゅうと印刷されており、
「ここいら近辺の情報はなし、か。」
 ザッとの流し読みをする中で、だが、速報としてドラム王国の王制がとうとう破綻を来し、民主自治の旗揚げが成ったらしいという記事があったのは見逃さない。
“…ドラム、か。”
 自分も何日か前に立ち寄った極寒の島国。謎の海賊らに襲撃され、自分の身辺護衛だけをと優先させた軍勢ともども、国民は置き去りで一旦逃げ出した国王のワポルとやらが、厚顔なことにもぬけぬけと戻って来たところを、彼を最初に追い立てたそれとは別口の何物かに今度こそは完膚無きまで叩きのめされたらしく。後継者のない王朝はとうとう潰え、圧政に苦しんで来た国民たちは、夜間にもかかわらず、花火を打ち上げてその終焉を祝ったとある。小さな国とはいえ、一応は世界政府加盟の由緒ある国家。だというのに、ともすれば一種のクーデター紛いなこの顛末を世界政府が看過したのは、国王の利己主義があまりに目に余ったからだろうことは明白で。記事によれば同国王は行方不明としか記されてはおらず、恐らくは“簒奪
さんだつ”や“犯罪”であるかどうかの断定も不可能なのだろうことが伺え、民主独立の新体制も、このまま…さして批判は受けぬままに受け入れられるに違いない。
「…。」
 これが日頃だと、そういった世論や世情にはさして関心はないのだが、それでも何とはなく、この国の名前が引っ掛かったのは。自らも悪魔の実の能力者であり、それをもって国民全部を黙らせていたほどのワポルとやらを、たったの5人で震え上がらせた海賊というのが、自分が使命を帯びて追っている連中だったから。そちらの連中にまつわる記事はどこにもないことへ溜息をつくと、もう用向きはないということか、大ぶりな手でくしゃくしゃと全紙を丸めてしまい、足元へポイと放る。そこには特殊な機関の釜口があって、なかなかに生きのいい炎が焚かれており。結構な大きさの紙玉は、あっと言う間に白い灰へと化してしまった。

  “…もしかして、ルフィがやったのかも知れねぇな。”

 記事にはそんな記載はなかったが、きっと通過することは目に見えてもいたし、だからこそ“アラバスタで逢おう”との旨の伝言を置いていった彼こそは、ただ今めきめきと売り出し中の麦ワラ海賊団のキャプテン、モンキー・D・ルフィの実兄、ポートガス・D・エースという御仁。故郷であるフーシャ村から、世界を見てくるとばかりに一念発起したそのまま、単独で出立してどのくらいになるものか。まだ十代のルフィとは三つしか違わぬという若さであり、だというのに、あの巨大な屋台骨を誇る“白髭海賊団”の二番隊隊長というから凄まじく、その背には白髭マークが刺青されている。ただし現在は、その本隊から離れての単独行を敢行中。仲間殺しという大罪を犯した同じ部隊の元部下を追跡中の身であり、その元部下というのが、ワポルを震え上がらせた“黒髭海賊団”というふざけた連中を率いる頭目だ…という訳で。
“結構間近まで迫れたってのに…。”
 自分という追っ手の接近に気づいて逃げたのか、それともドラムを襲ったことにさしたる目的なぞなかったからか。後ろ姿さえ臨めなかったことへ やれやれと肩をすくめて、だが、その表情には失望なぞ欠片もない。ただでさえ、人が海図の印刷上のインク一滴にも満たない大きさになってしまうだろう比率で、それはそれはだだっ広い 海の上にて。たった一人で、ほとんど当てもないままに人捜しをしている彼であり。そんな途方もないことを完遂させようと、しかもこのグランドラインでの単独行を続けていること自体、途轍もない自負を持つ人物である証しだとも言えて。樽に乗って漂流していた誰かさんといい、Dの血統とは“大胆不敵”のDなのだろか…。
「…お。」
 さっきの新聞に挟まっていたものか、潮風に躍って小船の底に ひらんと舞い落ちた紙切れがあり。海軍が発行した新しい手配書らしかったが、関心は起きなかったか…やはり釜口へと突っ込まれて灰になる。何せ追う相手が決まっている追跡だ、他の賞金首には関心はない。ついでに言えば、何もすべての海賊へ仲間意識が沸く訳じゃあないけれど、よほど性分
たちの悪いモーガニアでもない限り、自分もまた海賊だってのに海軍へと突き出すのは理屈がおかしいとも思うので、そこからも手配書には関心を寄せない彼だったが、
「…。」
 唯一、荷の中に取ってあるのが…それはにこやかなお顔で撮られた写真も爽やかな、これのどこが手配写真だと、本部でも少々物議をかもしたらしき一枚で。トレードマークの麦ワラ帽子は、自分たちの故郷を拠点にしていた赤髪の海賊からの預かり物。自分がまだあの島にいた間に喰った“ゴムゴムの実”の能力をフルに活用し、ほんの最近、まだ1年と経たぬ前に出奔したそのままの勢いにて、イーストブルーをほぼ席巻してのち、ここ、グランドラインへ突入して来た、弟・ルフィへの手配書であり、
“とうとう来やがったかよ。”
 しかも、かなりの鳴り物入りでだ。あんなガキんちょが、ほんの数カ月であっと言う間にお尋ね者。それも、サメの魚人を筆頭に凶悪な面々で固めていた一味を倒した実力により、全世界配布クラスの手配書がいきなり発行されたというから半端じゃあないと、それを思うと笑いが止まらない。機関部へと爪先から放っている炎の調節にまで影響が出かかったほどであり、
「おおっと。」
 船足が乱れたのへと気を取り直すべく、小休止を取ることにして。見上げた空は、夏島海域の青。故郷のそれとよく似ていて、少々暑いが彼には心地いいらしく、

  「人のこたぁ言えないが、爺ちゃんが知ったらどう言うかな。」

 バリバリの海軍関係者で、今はどの階級にいることやら。選りにも選って海賊になるたぁどういう料簡だと、岩をも砕く拳骨が降るに違いなく。まま、あいつはゴムの体だから堪えねぇかもなと、呑気なことを思いつつ、再び、爪先への意識を高めると、サンダル越しに大した火力の炎が噴いて、船は再び走り出す。彼の別名は“火拳のエース”といい、メラメラの実を食べた能力者。ガレー船クラスなら一撃で灰に変えるほどもの最大火力を誇り、だっていうのに…彼は自身が立とうとは思っておらず、自分が惚れ込んだ白髭船長をこそ、新しい海賊王にしたいと望んでやまず。
「…。」
 その心に変化はないが、さても困った風向きだと、ちょっぴり物思うことはあるらしい。世界を支える勢力同士の力関係がどうのというややこしいことや、それによって勃発するかもしれない大戦争も、肉親だってのに意志の疎通が利かなくての兄弟喧嘩も、レベルの大小にこそ差はあれど、人と人とが起こすもの、心悩ます諍いには違いなく。しかも、もしやして…それとこれとを一緒にしてどうするかと一笑に付せない、困った立場になりそうな、そんな予感がしてならず。
“あんの腕白は、自分こそが海賊王になるんだって言って聞かなかったしな。”
 真ん丸なお顔に寸の足らない四肢をした、小さなルフィしか覚えてはいなかったから、手配書なんぞに掲載されてる場違いなその笑顔は、本当に本当に手放しがたくて懐かしかった。海から呪われるゴムゴムの実を喰ってしまったことさえも不幸とはせず、それを活かした攻撃の出来る身になりゃあいいのだと、いつだって前向きだった…こっそりと自慢の可愛い弟。相も変わらず“海賊王になる男だ”と言い続けるは、おバカなところの延長か、はたまた恐れを知らぬ、器のでかい男の証しか。どっちにしたって、そんな怖いもの知らずな物言いをしていちゃあ、余計に痛い目を見るのは明白で。
“何も知らない小者には、嘲笑される程度で済むだろが…。”
 海賊王だと宣言するのに必要とされているのは、グランドラインを制覇すれば手に入る見つけられると言われている、ゴール・D・ロジャーが遺した秘宝・ワンピース。どうやら海軍も追っている とあるもの…ポーネグリフと重なっているらしく。となると、どこぞかで真っ向からぶつかるのは必定な彼らなのかも知れず。
“どこまでそれが通用するのかねぇ。”
 大した仲間も揃えての航海は、さっきの記事が彼らの仕業なら、自分の後から遅れること数日で、やはりこの海域へと進入し、向かうはアラバスタ王国…と運ぶはず。ログポースで辿れる進路ではないけれど、ウィスキーピークでの騒動も彼らの起こしたものならば、その航路からドラムへというコース取り自体がそもそもあり得ないから、エターナルポースを使っているに違いなく。
“…アラバスタ、か。”
 世界政府や海軍と暗黙の盟約を結び、暴虐が目に余る海賊を退治する権限とやらを与えられている“王下七武海”の一角、クロコダイルが待ち受ける海域で、しかも内乱が起きての風雲急を告げてもいる。どういう星回りなのか、やたらと騒動に向かって突き進み、それを制覇することで着実に力をつけている彼らであるらしく、風の噂で聞いただけでもそんなまで頼もしい一団を率いているルフィが、いよいよ間近まで迫っているだなんて、

  「な〜んかワクワクするじゃねぇかよ。」

 価値観が違えば、対立すれば、そして…相手の強さを凌駕したければ。親兄弟でも妻子供でも、斬って倒して乗り越えるのが海賊の定め。今はまだ、そこまで物騒なほどに角突き合わせる事態にはならないにせよ。どれほどの存在になっているものか、早く直に確かめたいぞと、ついつい口元がほころぶ兄上であり。まだ何も見えては来ない大海原を恐れもせず、しゃんと立ったるその背条の強かさ。同じ刻限に、小さなキャラベルの羊頭の上にて、弟御もまた仲間を前にご披露している背中と重なり、さても………波乱への幕明けまで、まだ海は静かなり。







  〜Fine〜 07.3.04.〜3.09.

  *カウンター235、000hit リクエスト
    レイヤ様 『エースが出てくるお話を。』


  *凄んごいお待たせしてすみません。
   ルフィがフーシャ村を出てからの時間軸で…とのことでしたが、
   なにぶん、アニメ派なもんで資料がロクになく、
   殊に、最近のグランドラインに於ける勢力バランス云々なんてのは、
   さっぱり判っておりませんで。
   (黒髭って、クロコダイル無き後の王下七武海の席を狙ってなかったですか?)
   (…と、そんなにも情報が遅い奴です。)う〜ん
   こ、こんな辺りでいかがでしょうか。
   私にはシャンクス以上に手を出しにくい“聖域”だったみたいです、お兄様。

   思えば、彼ら自身からして 謎と意外性の塊りみたいな兄弟ですよね。
   お兄さんがいたんだってだけでも大騒ぎになった、
   アラバスタ篇が映画になるのも何かの縁でしょうかしら。
(苦笑)


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